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ご近所の各国はほとんど旧正月


日本に住んでいるとほとんど何の意識もせずにやり過ごしてしまうのが旧正月だ。言うまでもなく、太陰暦の1月1日。アジア圏では今でもこの旧正月を祝う国があまりにも多い。

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手元にある各国の祝日が一覧できるベンチなカレンダーを見ると、こんな感じに祝日になっている。
中国・台湾 春節 2/7(大晦日)、2/8~12(春節)
韓国 ソルラル 2/7~2/10
シンガポール Chinese New Year 2/8,9

ここに書いていないところも調べてみると、
ベトナム テト 2/7(大晦日)、2/8~12(テト)
フィリピン Chinese New Year 2/8
インドネシア Chinese New Year 2/8
マレーシア Chinese New Year 2/8,9
モンゴル Lunar New Year 2/9~11

逆にまったく関係ないのが、タイ、ミャンマー、カンボジア、そしてそれ以西のアジア各国。

テレビのニュースなどでは「中国の春節」みたいな言い方をされて中国だけがクローズアップされ、中国人の爆買いのニュースばかりが流れるが、旧正月を祝うのは何も中国だけではない。とはいえ、広い意味での「中華圏」で盛大に祝われているのだなと、ちょっと調べてみると思えてくる。

2016年、オフィスも移転し、新しい年がやってまいりました


明けましておめでとうございます。
申年の新年がやってまいりました。

聞くところによると、申年というのは波乱の年になるとのこと。
具体的に何があったのだろうと思って調べてみると・・・・・・

2004年には、
・自衛隊イラク派遣
・鳥インフルエンザ、BSE騒動
・東京メトロ誕生、成田空港民営化
・アテネ五輪
・ロシアでチェチェン紛争
・ダイエーが産業再生機構に支援要請
・新潟県中越地震
・プロ野球騒動。楽天誕生
・スマトラ島沖地震(M9.0)

1992年には、
・アルベールビル五輪、バルセロナ五輪
・尾崎豊、伊丹十三、長谷川町子、松本清張死去
・明石家さんま・大竹しのぶ離婚
・自衛隊PKOでカンボジア派遣
・東京佐川急便事件

まだ記憶に新しい2004年は今につながる大事件がかなりあった印象ですが、1992年はそれほどでも(ただし、今も語り継がれる大物が相次いでこの年に亡くなっているのは興味深い)・・・・・・。

丙申(ひのえさる)の年はさらに波乱の年という話もあるので、こちらも調べてみました。

60年前の1956年には、
・スーダン、モロッコ、チュニジア独立
・ハンガリー動乱
・第二次中東戦争
・日本が国連に加盟
・IBMが世界初のHDD発売(5MB)

120年前の1896年には、
・第1回夏季オリンピックがアテネで開催
・ヘンリー・フォードが四輪自動車の試作に成功
・明治三陸大津波
・第2次伊藤内閣総辞職、第2次松方内閣成立

さらに、180年前の1836年には、
・テキサスがメキシコからの独立を宣言し、テキサス共和国になる
・パリで凱旋門竣工
・アンデルセン「人魚姫」発表

色々大きな事件は起きているものの、60年に一度の波乱というほどではないようです。

とにもかくにも、今年が皆さんにとって幸せな年になりますことをお祈りしております。

さて、2016年の初頭にあたり、報告があります。
このたび、本年年初よりこれまでの拠点(代々木オフィス)を引き払い、新たに東日本橋の地で営業を開始することになりました。

新オフィスの住所は以下です。

〒103-0004
東京都中央区東日本橋2-4-1 アドバンテージIビル6階 サヴァリ株式会社内

ひょんな出会いが芋づる式につながる中で、ECコンサルティングを手がける、勢いのある会社「サヴァリ株式会社」さんに同居させていただくことになりました。ECサイト運営に困っている方、いらっしゃいましたらサヴァリさんにおつなぎすることもできますので、お気兼ねなくご相談くださいませ。

以下の4駅の徒歩圏内にあり、非常に便利な場所です。
・都営浅草線 東日本橋駅
・都営新宿線 馬喰横山駅
・JR総武線快速 馬喰町駅
・JR.総武線各駅 浅草橋駅
お近くにお越しの際は、ぜひお声がけください。

さて、申年の2016年はどのような年になるでしょうか。
マンディとしましては、東日本橋への移転を機に心機一転、よりいっそう皆様のお役にたてるように励んでいきたいと思っております。

弊社創業の地・秋葉原も目と鼻の先です。
会社設立から15年がたつ本年、設立時の初心に立ち返り、
・ひとつひとつの仕事をていねいにこなし
・お客様の問題解決をしっかりと行い
・そして、アジアとのつながりをよりいっそう深めていく
こんな年にしていきたいと思っております。初心に返ることで、次の飛躍につなげてまいります。

本年もよろしくお願いいたします。

2015年、あけましておめでとうございます


遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
Webサイトをオープンしたものの、ついつい更新が遅れてしまいました。今年は気付いたことを書き留めておこうと思っております。

さて、これまでマンディは「つなげていくこと」を得意分野として仕事をしてきました。それは、現場のニーズを聞く中で最適な解を提案することでもありました。また、制作の過程で誤解が生じがちなクリエイターとエンジニアとの間に入って、お互いの言葉を翻訳しながらプロジェクトをまとめあげていくことでもありました。そして、一昨年末から新たに加わってきたのが、アジアとのつながり。中国をはじめとして、台湾、タイ等とつながり、受発注やコラボレーションなどの形ができあがりつつあります。

2015年、本年の株式会社マンディのテーマは「アジアとのつながりの深化」としていきます。せっかくできたこのつながりを、さらに広く、深くしてまいります。笑われるかもしれませんが、今年の最終目標はマンディの海外支店を作ること。具体的にどんな仕事があるかではなく、どんなことにワクワクするかという視点だけで考えて決めました。

突拍子もない海外支店計画。うまくいくかどうか。
中国でのオフショア開発も、元をただせば私(福田)の妻が中国人だから中国と何か仕事ができないかという視点で開始しただけです。具体的な仕事など何もなかったけれども、とりあえずやれる体制だけを作ったわけです。そしたら、それに合った仕事が来るようになって、オフショア開発がまわるようになってきた。この経験から学んだのは、原因を作れば結果が出るのだという当たり前のことでした。ですので、これからは色々な「原因」を作ることを積極的にやっていきたいと思っています。
2015年が楽しみです。

本年もよろしくお願いいたします。

 

中国オフショアの成功例を作れた2014年


中国に出す仕事なんてあるの――中国のシステム開発会社とつながりを作りたいと妻に話したときには、最初にこんな反応が返ってきました。無理もありません。その当時の弊社の状況は、自分とその周囲だけで回せるくらいの仕事しかしていませんでした。中国オフショアでの開発となると、細々したものではなく、それなりの規模でないと割が合わない。当時の私に何らかの確信があったわけではなく、ただ単に中国人と結婚したのだから、中国との仕事をしようという、ものすごく安易で単純な考えがあっただけでした。それでもつながりを作りたいというと言うと、中国人独自のネットワークを駆使してツテをたどってくれ、広州の中堅規模のシステム会社とつながることができました。

広州のその会社(以降、K社)は広州の外れの先端企業団地みたいなところに位置し、日立やトヨタ等大手企業からもたえず引き合いのある、非常にしっかりした会社でした。従業員の日本語力はしっかりしていて、驚いたのはオフィスのあちこちに日本語の標語(製造業でよくありそうな「カイゼン」を意図したもの)が貼り出されていることでした。ここはおもしろいと一発で気に入り、一緒に仕事することを思い描いてわくわくした気持ちになりました。去年の6月のことです。しかし、目先に仕事があるわけではありません。

転機が訪れたのは去年の10月頃でした。知り合ったばかりの会社から「こんな仕事やってみる?」といきなり相談をもちかけられたのが、ある会社のNotesで作られた社内システムをWebで一から構築するシステムに全面リプレイスするというものでした。ただし、納期を厳しく、数ヶ月以内とのこと。以前の弊社だったら間違いなく断ったでしょうが、ある程度の規模のシステムも中国のK社と協力しながら構築していけるという根拠のない自信がどこかにあって二つ返事で引き受けてしまいました。

引き受けてからは、すぐに広州に飛んでキックオフミーティングを行いました。昼のミーティングでは、日本語の達者な皆さんから色々な質問、突っ込みを受けながらも終始和やかに話しを進めることができ、このチームとは相性よくやっていけるという感触を得ました。そして、その日の夜……中国の洗礼を受けることになります。プロジェクトにかかわる皆からの白酒乾杯一気飲み攻撃。50度以上の酒を小さい器ながらも一気飲みを繰り返すと、最後の方はフラフラになっていました。フラフラになりながらも、K社の皆の輪の中に入れて、ただただ楽しい気分でもありました。

日本に帰ってからは怒濤のような日々が続きます。K社の皆との連絡はSkypeで行うと決めていました。主要メンバーとはSkype IDの交換をK社訪問時に済ませていたわけですが、K社からは毎日のようにSkypeで仕様確認の連絡が入ります。最初はPMとのやりとりばかりでしたが、開発が佳境に入ってくると、主要メンバー5人がそれぞれに確認の連絡を入れてきます。こちらが昼飯中だろうと、移動中だろうと容赦なく連絡が来るわけで、移動中にスマホのSkypeで返答するということも日常でした。さらには日本の祝日でも中国からしたら稼働日なわけで、祝日にも容赦なくSkypeの着信がありました。そして、そのひとつひとつの着信で的確に仕様の漏れや不明点を指摘されるわけで、いつしかSkypeの着信音を聞くと体が緊張するようにもなっていました。Skypeの画面に「福田さん、いますか?」と表示されると、「いないよ」と書いてそのまま切ってしまいたい誘惑にかられたことも何度もあります。

それでも何とか続けていけたのは、彼らの指摘のひとつひとつがもっともであるからです。回答をするたびに、プロジェクトは着実に進んでいきました。自分たちで勝手に解釈したり、仕様変更したりすることはせず、不明点があったらどんな小さなことでも必ず確認を入れてきていました。その彼らの姿勢をいつしか私は信頼するようになっていましたし、またその一つ一つに丁寧に答えていった結果、私も彼らの信頼を得られるようになっていたのかとも思います。

もちろん、いいことばかりではありません。時々、あまり調べることなく、「これはできません。別の方法をとりたいです」みたいに言ってくることも何回かありました。できないわけないだろうとイライラすることも多く、「もっと調べてください。できる方法はあるはずです」と返し、結果としてできあがることもたくさんありました。「ここまでは料金範囲内。ここから先は別料金」という区分けでもめたことも何度もあります。日本的に「なんとかやってよ」というなれ合いは中国人に対しては絶対に通じません。このときには理詰めで言うと相手が納得することもあります。また、逆に向こうの理屈が確かであればこちらが納得せざるをえません。そんなこともありつつ、プロジェクトは着々と進んでいきました。

プロジェクトが終わったのは今年の春先でした。その後、初夏から二次開発に入り、二次開発も終わったのが秋の空気を感じ始めた頃でした。足かけ1年にも渡った大きな仕事でした。

プロジェクトの終了間際、K社のPMとSkypeで雑談をしていると、「福田さん、次の仕事、何かありますか?」と問われました。営業トークかなと思って聞いていると、どうもそうではなく、「福田さんとまた仕事をしたいです。プロジェクトの他の人たちもみな、そう思っています」と言葉が続きました。こちらとしては仕様書が期日通りに仕上がらないことも多かったし、仕様書にも抜け・漏れがたくさんあるしで、K社側のエンジニアもイライラしながらやっていたのだろうな、申し訳ないなという気持ちが大きかっただけに、正直、驚かされました。同時に、ものすごくうれしい気持ちでいっぱいになりました。中国・K社と仕事をしてよかった。

思い返せば、K社PMとのSkypeのやりとりも最初と最後とでは変わっていました。最初は淡々とビジネス的に進めることも多かったですし、あまりこちらが無理言っても「無理です。ダメです」と断られることも多くありました。しかし、最後の方には「福田さんが困っているのであれば、それは引き受けますよ」と、あっさりと引き受けてくれることも多くなりました。

中国人は会社対会社ではなく、個人対個人を大事にすると聞きます。名刺交換をするときも、会社名ではなく個人名を最初に名乗るといいます。私が大企業の一員として彼らに接していたら、おそらくはビジネスの関係以外にはなりえなかったでしょう。しかし、幸か不幸か自分という個人を押し出す以外に私と私の会社には売り物がありません。開き直って福田個人として中国に乗り込み、個人としてプロジェクトのメンバーとつながり、休日とか関係なく応対していったことで結果として個人対個人の関係が作れたのかなと、そんな気がしています。入り込むまでが大変でも、一度入るとかなり強固なのが中国人どうしの関係。期せずしてここに入り込めたのが、ものすごくよい結果を生み出した気がします。

今ならば力強く言えます。中国の会社と一緒にものを作り上げていくことは可能です。それもクオリティの高いものを作り上げていくことが可能です。

2014年、今年は中国オフショアのソフトウェア開発のひとつの成功事例を作り出せた年だと自負しております。この結果を2015年につなげていきたいと思っております。

最後になりますが、2014年中は本当に多くの人々にお世話になりました。皆様との出会い、偶然という名の必然の中で生かされてきたように感じます。引き続き、今後もよろしくお願いします。