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日本人はほとんど知らず、中国人はほとんど知ってる高倉健の映画


いま開催されている上海映画祭で高倉健追悼で、健さん主演の映画を5本も上映するというニュースが昨日、流れていた。健さんといえば、鉄道員。そして、幸福の黄色いハンカチ。このあたりは日本では定番だろう。しかし、中国人に高倉健主演の映画で思い出すものは何かと聞くと、まったく違う回答が返ってくる。

以前に中国人の妻と高倉健と話をしていたとき、まったく聞いたことのない映画のタイトルを言い、まったく聞いたこともない共演女優(失礼!)の名前を言うので、いったい何のことを言っているのか分からなかった。ネットを駆使して調べてみると、文革直後の中国でたまたま上映された健さん主演のある映画がものすごくヒットし、中国人の多くがそれを見ているということが分かった。その映画が「君よ憤怒の河を渉れ」(中国題「追補」)だ。

1976年に公開されたこの映画は健さんの東映退職⇒独立後の1作目らしい。しかし、健さん死後に放映された健さんの人生を描いたドキュメンタリー番組を見ても、こんな映画は出てこない。東映退職後に渾身の思いで作成した映画は「八甲田山」であり、そして健さんの不器用な男というイメージを決めたのは「幸福の黄色いハンカチ」だという描き方をされている。八甲田山、幸福の黄色いハンカチとも、1977年の作品だ。それに先立つこと1年のこの作品は日本では影も形もない。Yahoo映画での評価を見てみても、評価はおそろしく低い。西村寿光原作と聞いて、ああ、よくあるサスペンスものだな、日本人には見飽きたストーリーなんだろうなと、なんとなく察しが付く。

ところが、中国人にとっては、えらく評判はよい。土曜日にNHKのBSでたまたま中国人と高倉健みたいな特集をしていたので見ていたのだが、ジョン・ウー監督やら春秋航空の社長やら中国の検察OBやら、さらには反日の急先鋒とも言われる「環球時報」という新聞の編集長やら、本当に名だたる人たちが異口同音に高倉健の「追補」に感銘を受けたことを語っている。いったいこれは何なのだろう。

「追補」が中国で上映されたのは、ちょうど文化大革命が終わった年。現在の中国でさまざまに影響力をもっている人たちも、文革ではかなり辛酸をなめた。迫害の時代がようやく終わったものの、さて何を指針に生きていけばよいのか、何を信じればよいのか、誰も分からない時代だっただろう。このタイミングで上映された「追補」は、ものすごい衝撃を中国社会に与えたという。

それまで内にこもっていた中国が外に開いていく前の時代、自分の半径何百メートルより外を知らない何億もの人たちであふれかえっている国には、まずスクリーンに映し出される日本人の暮らしが輝いて見えたという。終戦後にアメリカのホームドラマを見て、それにあこがれた日本人の心性に通じるものがあるだろう。そして、自分の信念に従い、敢然と悪に立ち向かうスクリーンの中で検事役を演じる高倉健の姿が、言いようのないくらいに格好良く、自分たちにとっての生き方の理想のように映ったという。

同じ作品でも社会背景が違うと、こうも評価が違う。非常におもしろい。

NHK BSの番組では、ジョン・ウー監督が「追補」をリメイクしようと動き出しているとも報じていた。「追補」で描かれている考え方は、日本だけでも中国だけでもなくアジア全体に通じるものがあり、「アジアの映画」として作っていきたいと言っていたのが印象に残った。